EVERYTHING POINT 3, エビ中, 倫理への道

 私立恵比寿中学の『EVERYTHING POINT 3』というツアードキュメンタリー作品があります。2015年12月発売なので2年前の作品になります。

このドキュメンタリーの中に印象的な場面があり、今更ながらそのことについて書いてみたいと思います。

サーモンの乱*1

概要

 2015年の春ツアー、札幌公演終了後、千歳空港から東京に戻る時の出来事です。メンバーが2組に分かれて食事場所を決める場面から始まります。カメラが追っているのは、廣田あいかさん、柏木ひなたさん、小林歌穂さん、中山莉子さんの4人組。北海道ということで「海の幸を食べたい!」ということになったらしく、寿司・海鮮丼の店の前にいます。しかし小林さんだけは渋い顔。彼女は魚が苦手だったのです。

小林さんの態度を見た廣田さんは、事態を察したらしく強引に小林さんを引っ張り、ラーメン店へ移動開始。小林さんは、他のメンバーに迷惑かけられないと「サーモンが食べられる」と泣きながら訴えますが、結局味噌ラーメンを4人で食べることになりました。

しかし、小林さんは他のメンバーに申し訳ないと、搭乗口前でも涙をこぼします。その時チーフマネージャーの藤井ユーイチさんが小林さんに話をします。

藤井さんの話

 藤井さんは小林さんに、どちらも悪くないと前置きした上で、何が良かったのかずっと悩んでいると告白します。その上で、「他のメンバーに食事を合わせてもらって申し訳ない思いをする」、「他のメンバーに食事を合わせて自分が我慢する」という選択肢以外のものを提示します。

藤井さんが提示したのは、「海鮮が苦手だから、スタッフと一緒にラーメンを食べてくる、お土産を買うときにまた合流する」というものです。言われてみれば大したことない選択肢に思えるでしょう。しかし、「相手に我慢させる」か「自分が我慢する」という2つの選択しか見えなくなっている時に、このような判断することは難しい。どちらかを選ばなければいけないと思い込んでいる時には、別の選択肢があるということに気付けないものです。

選択肢を増やすということについて、アンソニー・ウエストンの著書における、有名な「ハインツのディレンマ」に対する言葉が思い出されます。

ハインツのディレンマと選択肢を増やすこと

 ハインツのディレンマとは、ローレンス・コールバーグが道徳意識の発達を調べるために使った問題です。

がんで一人の女性が死にかけているが、ある薬によって助かるかっもしれない。(中略)薬剤師は、その薬を作るのにかかった費用の10倍、2000ドルの値をつけた。女性の夫、ハインツは知り合い全員に当たって金を借りたが、費用の半分しか集められない。ハインツは自分の妻が死にかけていることを話し、安く売ってくれるように、さもなければ残りを後で払えないかと薬剤師に頼んでみた。しかし薬剤師派の返事は「ダメだ」ハインツはやけを起こして薬局に押し入り、妻のために薬を盗み出した。ハインツはそうするべきだったのだろうか。そしてその理由は?*2

 アンソニー・ウエストンは倫理学の授業における、学生たちの反応を紹介します。学生たちはまず倫理学の問題解決のトレーニングを受けたのち、実際にこの問題に取り組みます。そうしたところ、「薬剤師に金の替わりに技術を提供する」、「公的な援助や慈善団体を頼る」、「新聞記者に記事にしてもらったり、募金活動を行い知り合い以外からも広くお金を集める」、「行政に相談し、公的な治験を行ってもらいそれに参加する」など様々な選択肢を学生たちが考え出しました。そして、ウエストンは「ハインツは別の選択肢がある」と結論付けます。そして倫理学は「いかにして選択肢を広げるか」、問題を別の仕方で捉え、問題の狭い状況を壊していくことが重要であると主張します*3

エビ中運営がしようとしていること

 藤井さんがしようとしたことも、ウエストンが提唱する「選択肢を広げる」ということでした。藤井さんが提示しようとした選択肢自体はそれほど画期的なものではないかもしれません。しかし大事なことは、藤井さんが、「小林さんが我慢する」か「他のメンバーが我慢する」という二者択一以外の新しい選択肢を提示しようとしたことです。

私が思うに、エビ中運営が信用できる点は、ここにあると思います。一見、他の選択肢がないように見える状況でも、メンバー全員が幸せになれるような選択肢を探そうとすること、メンバーの選択肢が増えるように努力していること、そういうメンバーに対する誠実さが伝わってくるからこそ、エビ中運営を信用し、エビ中を応援できます。

 2017年、エビ中は大変な荒波の中で懸命に努力しました。アルバム『エビクラシー』ではオリコン1位という結果を出せましたが、大型歌番組にはなかなか出られない状況で、努力が実らない閉塞感も感じてしまう人もいたかもしれません。

しかし、真山りかさんのKUNOICHI出演やラジオ番組「ミューコミ+」のマンスリーアシスタント、安本彩花さんの舞台出演、柏木ひなたさんの朗読劇出演、中山莉子さんのドラマ・映画出演、小林歌穂さんの連続ドラマ主演など、個人の活動も活発に行ってきました。それも彼女たちの選択肢を増やすことに寄与するのではないでしょうか。

エビ中運営とメンバーの努力が実り、いつか彼女たちに幸せな未来が待っていることを願ってやみません。

*1:「サーモンの乱」という言葉自体は、アトムさんのブログ(http://uya-muya-output.blog.so-net.ne.jp/2015-12-17)から。

*2:アンソニー・ウエストン『ここからはじまる倫理』野矢茂樹他訳、春秋社、2004年、51頁

*3:前掲書、52-53頁